続・リュウさんが超カッコいい理由。
2018年になり、新しいステージに上がりましたので、ブログもちょっぴり今までと違うことを書いてみたいと思います。
もちろん筆者の独断と偏見ですよ~(*^-^*)
リュウさんは超イケメン男子です。
本当のイケメンは、最先端の流行に乗った今風のモテ男という意味じゃありません。
神様の分け御霊である魂の欲求に素直に従ってただただ邁進し続ける男。
神との約束を(顕在意識に上がらなくても)ひたすらに実行する男のことを言うのです。
それを実行してゆけば必ず神様からのサポートが入るようになっている。神様は役割を実行する者には惜しみなく助けてくださる。
人はそれぞれ神様と交わした約束の内容が違う。
転生前に自ら望んだ役割に対して神様がそれを与えてくれる。
生まれた時にすべてを忘れてしまうのだけれど。
人はそれぞれ興味がわくことも得意なことも多種多様なのは、神様が与えてくれた才能がそれぞれ違うから。
得意なことをとことん追求することは、神様が与えてくれた役割を実行していることなんだよ。
これからの時代は、自分の得意なこと以外はできなくなっていくんだよ。
自分の不得意は、誰かの得意。不得意なのにやることは、誰かの得意を奪ってしまうことになるんだよ。
「そんなことやってないで、勉強しなさい」って言葉は死語になっていくんだよ。
これからは自分の追求したいことをやらずにはいられなくなるんだよ。
神様との約束を果たすタイムリミットに到達したから。
リュウさんは格闘家としてのスキルは十分あるのに、どうして職業にしなかったの?
彼はね、誰もが目に見えて認めてもらえる強さを求めていなかったから。それに勝利の対価として与えられるお金が目的でもなかったからなんだよ。
誰もが目に見えて認めてもらえる強さって、わかりやすくいえばオリンピック。
強さの頂点を競い合って獲得する、結果としての強さ。勝ち負けの二元性の世界。
でも、彼はその世界の頂点に到達しても、優勝を捨てて去ってしまった。これがストⅡの彼のエンディング。これが基点となって求道者になっていったんだね。
彼の魂は見た目の強さを求めているわけじゃないんだ。だから格闘技を職業にしなかった。
神様と交わした約束は、もっと深いところにあったから。
この三次元世界はね、つくられた仕組みの世界。
例えば政治。
この世の中を変えようと政治家になっても、世界は変えられない。
なぜ?
それは既存の作られた仕組みの世界、つまり同一パラダイムの中にいるからなんだよ。
その仕組みの中でたとえ頂点に立てたとしても、世界は変えられないんだ。
そのパラダイムを形作っているのは、人類の集合意識。
意識の世界がホログラムとして三次元物質世界を作っている。これが世界の仕組み。
根本から世界を変えるためには、既存のパラダイムとは違うパラダイムに移行しなくちゃいけない。これをパラダイムシフトというのだけど、物理的なものじゃない。
集合意識の転換を起こすことなんだよ。
ガリレオさんは「それでも地球は回っている」って言ったよね。今では当たり前のことだけど、当時は天が回っていると考えられていた。人類の集合意識は天動説だった。
それが地球を外から見られるようになってみて、ようやくガリレオさんの言っていたことが正しかったとわかった。いまの人類は地動説は当然だと思っている。
ごく少数の人が正しいことを言っても、大多数の誤った考えが集合意識を形作るの。
既存の枠組みの外に出てはじめて、物事の真贋を見極められる。そのためには同一パラダイム内にいられなくなるんだよ。
リュウさんは既存の枠組みに組み込まれていない人物だというのはわかるよね?
白い道着姿に赤いハチマキ。家も職もないさすらい人。その正体はまつろわぬ真の日本人の子孫。
2016年夏、筆者が髭リュウさんを見て縄文人だと直感したことから記憶のカギが外され、歴史から消し去られた真の日本人の実態がアラハバかれていった。
アラハバキの神は封印されたまつろわぬ縄文の神。2017年の秋、ついに封印が解かれ復活された。
日本人は最強であるがゆえに恐れられた。だからこそ縄文の神々は封印された。
筆者がはじめてリュウさんを見たのが1992年7月。単なるゲームのキャラクターに落雷のごとく衝撃を受けたことがすべてのはじまりだった。
そして春麗さんとくっついたら真の格闘家になれる!と直感した筆者。自分は基地外だ、くるってる。以上だ・・・。本気でおかしいと思いました。筆者がどんなに自我意識で自分はおかしいと思っても、リュウさんがかっこいいという思いに変わりはなかった。
でもね、今ならわかる。
筆者にとってリュウさんがとてつもなくかっこいいと感じてきたのは、忘れ去られた日本人の祖先を見ていたからだと。
彼はまぎれもなく真の日本人。そのプロトタイプとして生み出された。
彼の目標は、真の格闘家になること。その意図に隠されていたのは、勝者と敗者の二元性から解き放たれた境地に至ること。最強の格闘家になることではなかった。
なぜならすでに真の日本人は最強だったから。
最強だった真の日本人の代表に阿弖流為(アテルイ)がいる。彼は朝廷から放逐されたまつろわない蝦夷(えみし)一族の長だった。教科書では彼を悪者とし、勇者は坂上田村麻呂ということになっている。その肩書は征夷大将軍。誰もが知っている歴史上のヒーロー。
桓武天皇は日本を統一すべく、蝦夷を攻め続けた。蝦夷は金が豊富な土地だったから。
アテルイは縄文人の血脈を受け継いだ弓の名手。馬に乗って弓を射る姿はまさに日本のインディオ。蝦夷の守護神はアラハバキ神だった。
桓武天皇は蝦夷を滅ぼそうと蝦夷軍の何倍もの朝廷軍を送り続け、ついに10倍もの軍を送り込んだけれど、アテルイは22年間も無敗だった。
アテルイは長い戦を強いられても決して自ら朝廷軍を攻めなかった。一貫して蝦夷の土地と一族を守るためだけに戦い続けた。
理不尽な戦いに疲れ果てたアテルイとモレは500人の兵を携えて、和睦を計りに田村麻呂と京に上ったの。
田村麻呂は天皇に助命を乞うたけれど、天皇は許さなかった。彼らの復活を最も恐れていたから。
蝦夷の族長アテルイのリーダーシップと、天才軍師モレの存在は、歴史書にはたった数行しかかかれていない。真の日本人のヒーローは歴史から消し去られた。
アテルイは8~9世紀に生きた実在の人物。彼は自分たちの先祖が誰かを知っていた。
それが神話の時代、最強だった古代大和国(やまとのくに)の族長・トミノナガスネヒコ(トミビコ)だった。
古代大和の地を奪おうと神武は攻め続けたけれど最強だったナガスネヒコに一度も勝てなかった。
神話での結末は主君のニギハヤヒによってナガスネヒコは惨殺され、ニギハヤヒは神武に帰順したことになっている。ナガスネヒコは歴史から抹殺されたのだ。
しかし真実は違う。
ナガスネヒコは朝廷の手の及ばない東北に逃げて、縄文・日高見の国を作り上げた。日本の「正統なる歴史書」である『日本書紀』は改ざんされていたのだ。
その意図は皇祖神ニギハヤヒを封印し、神武を初代天皇に仕立て上げたかったから。そして最強の日本人を歴史から抹殺してその能力を封印したかったから。
この対立の関係は数千年間続いてきた。
因縁は時空を超えても繰り返されてきた。歴史から学べることはその一点に尽きる。
「正統なる」歴史書に日本人が敗者の烙印を押されると、どんなに強くても必ず「負け」のシナリオに至るのが悲しき定め。昭和時代の戦争も同じ顛末が繰り返された。それが無条件降伏。
日本人は守護神が封印されてしまって以来、先祖の記憶を失い、搾取され続けてきた。敗戦国の烙印を押されたために、周辺国家からいじめられ続けてきた。
勝者の正体は侵略者。祖国が貧しいがために豊かな地を奪い占領し支配してきた。勝者側が書いた歴史書を書き換えない限り、負の連鎖は続いていく。
日本人は最強であるがゆえに恐れられた。だからこそ徹底的に洗脳され、出生率の低下が意図的になされた。もはや日本人は絶滅危惧種。
でももう、日本は復活する。
ただし、記憶を取り戻した真の日本人が復活する。縄文神が復活した現在、もう日本人はこれまでの作られた仕組みの世界で生きられなくなる。
本当の自分を思い出すから。
日本の根幹である神話の改ざんが明らかになり、正しく書き換える必要があるということがわかったから。
リュウさんはゼネストで縄文女神の春麗さんとくっついたから本当の自分を思い出したんだよ。
だから闇を光にぐれんとひっくり返せた。滅ぼすのではなく、抱き参らせる。これが真の格闘家のなせる業。
この神一厘の仕組みをなせるのは、真の日本人のみ。リュウさんはそのミッションを見事に果たしたんだ。
強いだけじゃだめなんだ。
やさしいだけでもだめなんだ。
この両方がそろわなければ片手落ちだったんだ。
真の日本人の祖先は世界最強のやさしき超イケメン。
自然を愛し、いのちは神だと知っていた平和を重んじる最強の民。
このことを思い出しただけで、日本人は立ち直れるんだよ。
リュウさんが見事に真のヒーローになったから。
これからはリュウさん(日本人)の時代なんだ。
収奪、暴力、虐待、ねつ造、改ざん、虚偽、隠ぺい、なりすまし、詐術の通用しない世界。
よろこびと感謝で満ちあふれた愛の世界。
いい世の中になるよ。