リュウと春麗の萌え日記   (そま)

リュウと春麗の萌え日記

リュウさんの求め続けた「真の強さ」とは?実体験を通して教えてくれた武道の神様の答え(1)

 

さて、ここ数日間に大変な気づきがありまして、ブログをどのように書かせていただいたらよいのかわからず、手つかずにおりました。

 

今日、ふと「自己紹介」というキーワードがひらめきまして、そういえば、まだ書いていなかったな~と思ったのでした。

 

実は、このブログをはじめて一年半、HPは二年二か月たちますが、自己紹介については「まだ書かなくてもよい」と感じていたのでずっと書かずに来ておりました。

  

そもそも、ブログを立ち上げるまで筆者は「名無し」(女)でありました。

ブログを立ち上げたとき、さすがに名前がないのは不便だろうと思い、ひらめいたのが「そま」でした。

 

実はこの名前(ペンネーム)にはとても深い意味が込められているのです。名前の由来についてはまた必要があれば書くことになろうかと思います。

 

さて、ここ数日間に得た気づきというのは一体何か。

このブログだけでなく筆者のHPをご覧になってくださった方でなければよくわからないことかもしれません。

 

いいえ、自分自身でさえ今までずっとわからなかったのです。自分のことが一番わからない。そのことをつくづく感じ入ったときに、ハッとわかってしまったのです。

 

HPはなぜあのような記事を書くようになったのか、本当にわからなかったのです。

振り返ってみてわかるしくみなのでしょうか。

 

一言でいえば、「すべて見られていて、すべて試されていた」ということです。

そして「自力で答えを出した時に、答えを示される」のでした。

 

さかのぼれば1992年にストⅡのリュウさんを初めて見たときがそもそものきっかけでしたが、そこからすべてがつながっていて、多次元レベルに及んでいたということです。

 

見える、聞こえる、触れる・・・といった五感はごくごく狭い周波数領域です。

その領域外のほうがはるかに広く深く、ミクロからマクロまで無限にあるのです。

 

見えない聞こえない領域があるのだということを受け入れさえすれば、いままで感知できなかった不可視的情報、高次領域をキャッチすることができるのです。

 

ただし、自我をなくして空っぽにしていれば、です。

 

では、ここ数日間で得た気づきとは何だったのか。

 

それは、今の今まで武道の神様と人類指導者の御霊に導いてくださっていたということ。

 

武道の神様は鹿島・香取の神様。鹿島は武甕槌命タケミカヅチ)・香取は経津主命(フツヌシ)。

武道の神様は地震と雷の神様でもありますが、この二柱の神様の正体(分霊)は、戦わない神様・饒速日命ニギハヤヒ)です。わたしにはそう感じます。

 

そして、人類指導者の御霊とは、

合気道開祖・植芝盛平翁。

宗教家の五井昌久先生。

東洋思想家の安岡正篤先生。

 

三次元で肉体を持っておられた御三方は、実際にご交流があったことを数日前に知らされたのです。

 

わたしはその日の午前中、たまたま合気道の先生にいただいた五井先生の本を手に取っていまして、安岡先生のことが書かれていたことに気付かされたのです。

 

そしてその日の夕方に芝桜を植えていたのです。

芝を植える。植芝・・・(゚д゚)ハッ!

 

まさか、植芝先生と五井先生と安岡先生が大変親しくされていたなんて。。。

 

今の今までまったく存じませんでした。

 

けれどやっとわからせていただいたので、まずは、人類指導者であられた先達の開かれた境地が求道者の武道家であるリュウさんの求めていた答えになるのではないかと思い、記させていただきます。

 

以下、転載させていただきました。

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左:植芝盛平翁 右:五井昌久先生。

 

<植芝先生と五井先生の出会い>

植芝先生と五井先生が初めて対面されたのは、昭和32年10月のことです。

 

五井先生は、火野葦平が書いた「王者の座」と言う小説や「合気道」という本を読まれ、その中にある植芝先生の述懐などで、植芝先生の悟りの境地を理解され、会いたいと思っておられました。


五井先生のお弟子の高橋英雄氏は、著「武産合気(たけむすあいき)」のなかで「五井先生みずからお会いしたい、と思われる人物は滅多にいない。私の知る範囲では、今迄に植芝先生だけだったと思う。」と書いておられます。

 

また、植芝先生は五井先生に実際にお会いする1ヶ月も前から、自分の会いたい人から迎えがくると仰っていたというエピソードもあります。

 

こうしてお二人は、五井先生の講演会場となっていた神田神保町区民館で初めて対面されたのです。

 

この時のことを、五井先生は『こうした神はかりによって、植芝先生と私が対面したのでありますが、「やあ、いらっしゃいませ」「やあ、今日は」といわぬ先から、二つの心は一つに結ばれて、私は植芝先生という人格、否、神格がすっかりわかってしまったし、植芝先生も、私のすべてがおわかりになったようでありました。 ・・・(省略)・・・


植芝翁は確かに神の化身であります。その神の化身は非常に謙遜があって、肉体身としては、自分の子供にも等しい無名の宗教者のところへ、ご自分のほうからお出掛け下さって、「これからは先生の働き時、私はお手伝いになりましょう」といわれるのですから、ますますそのお心が輝くのです。』と書いておられます。

 

また、上述「武産合気(たけむすあいき)」の中で高橋英雄氏は、その時の様子を『植芝先生はその時二時間ぐらい歓談されていたが、五井先生に「私は先生と会う日を待っていたのです。私のあとを完成してくれる人が必ずいる筈だ、とさがしていたのです。私は神の道をひらく役目で、その後は先生にやっていただくのですから、よろしく頼みます」とおっしゃっていた』と書いています。

 

また、この時、五井先生が「私は宇宙です」と申されると、植芝先生も「私も宇宙です」と答えられたと、なにかの本に書いてありましたが、不世出の霊覚者お二人の想像を絶する心境の高さを示すエピソードとして、私のなかでは非常に印象に残っています。

 

この初対面以来、昭和44年に植芝先生が亡くなられるまで、肝胆相照らすお二人の交流は続くことになります。

 

上述の「武産合気」によると植芝先生は五井先生について

『「わしの正体を見破ったのは、五井先生お一人じゃ』と武道家的表現を使ったり、「わしをほんとうにわかってくれたのは五井先生だけじゃ」と、うれしそうに話してくださるのだった。』とあります。

 

また、五井先生は植芝先生について

植芝先生は、武道修行の極致から、霊覚を得られた方であって、私との初対面から「五井先生は祈りのご本尊であり、中心の神の現れである」といわれ、私が植芝先生を上座に据えるのを、自ら下座に坐られ、若輩の私に上座をすすめられたものであった。真理に徹しておられぬとなかなかそういうことをできるものではない。

 

植芝先生の肉体というのは、普通人の肉体ではなく、神霊そのものの体であって、宇宙の根源に統一できる体であった。だから、八方から槍で囲んで、同時に打ってかかっても、打ってかかったほうが、まるでわざと倒れるような格好で、一度に倒れてしまい、当の植芝先生は、小ゆるぎもみえぬそのままの状態で立っておられる。その状態はもう技というのではなくて、翁の肉体が透明になり切り、宇宙大に拡がってしまっている状態なのである。そういう真の姿を知っているのは私だけかもしれない。」と述べられています。

 

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<五井先生が語られる合気道

五井先生の弟子であり、植芝先生の合気道の弟子でもあった高橋英雄氏の著「武産合気(たけむすあいき)」の中で、五井先生は植芝先生の合気道について

 

この日の植芝先生の話や、合気道についての本から得た感じでは、合気道という武道の一種と見られる道は、空を行ずることが根幹であり、そこから生まれる自由無礙の動きであり、大調和、愛気の動きである、と思ったのです。空を行ずるという言葉をいいかえれば、自我の想念を無くするということであります。


植芝盛平翁は、この真理を、身をもって語り、身をもって実際に行じておられるのですから、私が偉大な人と思い、お会いしたいという気になったのです。』と語られ、

 

また、自著「日本の心」では、『翁が開かれた合気の道は、全く平和の道であって、真の武とは、戈を止めるという文字の示す通り、戦争や争いを止める道なのである。植芝先生こそ、正に世界において、はじめて武の奥義に達した人というべく、昇天して私と共に平和運動に働かれることも、すでに神界において定められた道であったのだろう。』と述べられています。

 

<植芝先生が語られる合気道

植芝先生はご自分の合気道について、前述「武産合気(たけむすあいき)」の中で、『「相手の目をみてはいけない。目に心を吸収されてしまうからです。相手の剣を見てはいけない。剣に気が把われてしまうからです。相手を見てはいけない。相手の気を吸収してしまうからです。真の武とは相手の全貌を吸収してしまう引力の練磨です。だから、わたしはこのまま立っとればいいんじゃ。」(省略)

 

私はうしろむきに立っていればいいのです。相手が打ってくれば、打とうという自分の想いで、自分自身を打ってしまい傷つけてしまうのです。私は宇宙と一つなのです。私には何物もない。立てば相手は吸収されてしまうのです。植芝の合気道には時間もない空間もない、宇宙そのままがあるだけなのです。これを勝速日といいます。」』と仰っておられます。

 

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<植芝先生が語られる合気道

「武産合気(たけむすあいき)」によれば植芝先生は、自分の合気道について『「植芝の合気道には敵がないのです。相手があり敵があって、それより強くなりそれを倒すのが武道であると思ったら違います。


真の武道には相手もない、敵もない。真の武道とは、宇宙そのものと一つになることなのです。宇宙に帰一することなのです。合気道においては、強くなろう、相手を倒してやろうと練磨するのではなく、世界人類の平和のため、少しでもお役に立とうと、自己を宇宙の中心に帰一しようとする心が必要なのです。合気道とは、各人に与えられた天命を完成させてあげる羅針盤であり、和合の道であり愛の道なのです」  (省略)


植芝の武産合気は、この木刀一振にも宇宙の妙精を悉く吸収するのです。この一剣に過去も現在も未来もすべて吸収されてしまうのです。宇宙も吸収されているのです。時間空間がないのです。億万劫の昔より発生した生命が、この一剣に生々と生きているのです。古代に生きていた私も生きていれば、現在の私もいる。永遠の生命が脈々と躍動しているのです。

合気道は至忠至孝の道であり、この世の経綸の業であります。即ち地上天国に向かい、国完成への大御神ご神業の主体たる、人としての分身分業のつとめであります。・・・(省略)・・・』と語られ、

また、五井先生の著書「日本の心」では、『植芝翁の言葉をそのままお伝えすると、「合気とは、敵と闘い、敵を破る術ではない。世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である。合気道の極意は、己を宇宙の動きと調和させ、己を宇宙そのものと一致させることにある。合気道の極意を会得した者は、宇宙がその腹中にあり、「我は即ち宇宙」なのである。私はこのことを、武を通じて悟った。

いかなる速技で、敵がおそいかかっても、私は敗れない。それは、私の技が、敵の技より速いからではない。これは、速い、おそいの問題ではない。はじめから勝負がついているのだ。


敵が、「宇宙そのものである私」とあらそおうとすることは、宇宙との調和を破ろうとしているのだ。すなわち、私と争おうという気持ちをおこした瞬間に、敵はすでにやぶれているのだ。そこには、速いとか、おそいとかいう、時の長さが全然存在しないのだ。

合気道は、無抵抗主義である。無抵抗なるが故に、はじめから勝っているのだ。邪気ある人間、争う心のある人間は、はじめから負けているのである。ではいかにしたら、己の邪気をはらい、心を清くして、宇宙森羅万象の活動と調和することができるか?

 

それには、まず神の心を己の心とすることだ。それは上下四方、古往今来、宇宙のすみずみまでにおよぶ、偉大なる「愛」である。・・・(省略)

 

・・・真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。即ち絶対不敗とは絶対に何ものとも争わぬことである。勝つとは己の心の中の「争う心」にうちかつことである。あたえられた自己の使命をなしとげることである。

 

しかし、いかにその理論をむずかしく説いても、それを実行しなければ、その人はただの人間にすぎない。合気道は、これを実行してはじめて偉大な力が加わり、大自然そのものに一致することができるのである。」』と、書かれています。 

 

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<植芝先生の神我一体>

 五井先生の著「日本の心」の中に、植芝先生が神我一体を体験された時のことが書かれています。

 

たしか、大正十四年の春だったと思う。私が一人で庭を散歩していると、突然天地が動揺して、大地から黄金の気がふきあがり、私の身体をつつむと共に、私自身も黄金体と化したような感じがした。それと同時に、心身共に軽くなり、小鳥のささやきの意味もわかり、この宇宙を創造された神の心が、はっきり理解できるようになった。その瞬間私は、「武道の根源は、神の愛(万有愛護の精神)である」と悟り得て、法悦の涙がとめどなく頬を流れた。

 その時以来、私は、この地球全体が我が家、日月星辰はことごとく我がものと感じるようになり、眼前の地位や、名誉や財宝は勿論、強くなろうという執着も一切なくなった。       ・・・( 省 略 )・・・

 夜、一時二時頃、庭に降りたち、自分は剣をもって立った。ところが不思議に、一人の幽体、白いものがパッと現れた。白い者も剣をもって私に向い立つ。こうして剣の修業がはじまった。
そしてターッと打ってゆこうとすると、その瞬間にパッと相手が入ってくる。相手の剣が自分の腹先にパッと入ってくる。少しも油断は出来ない。はじめは私の動作はおそかったが、修業しているうちに、幽体の相手が入ってくる瞬間に、相手の木剣を下へ切り落とした。すると白い相手は消えてしまった。

 なお三日間ぐらい続行しているうちに、相手をぐっとにらむと剣が消えてしまった。
 その時、自分を眺めると姿がない。ただ霊身だろうと思うが、一つの光の姿がある。あたりは光の雲でいっぱいである。といって自分の意識はある。木剣を持っている気持ちもある、が木剣はない。ただ一つの呼吸のみがある。これが二週間つづいた。

 新たに、日をおいて立つと、木剣も自分も光の雲もなく、宇宙一杯に自分が残っているように感じた。その時は白光の気もなく、自分の呼吸によって、すべて宇宙の極が支配され、宇宙が腹中へ入っていた。

 これが宗教の奥義であると知り、武道の奥義も宗教と一つなのであると知って、法悦の涙にむせんで泣いた。
 山川草木、食獣虫魚類にいたるまで、すべて大宇宙の一元の営みの現れである、と大神さまに敬けんな感謝が心からわいて、泣けてしまったのである』と、植芝先生は神我一体の時の体験を述べられています。

 

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<五井先生の神我一体>

 五井先生も、ご自身の神我一体の体験を「日本の心」の中で書いておられます。
自然はなんて、美しいのだろう。私は自然の美しさの中に半ば融けこみながら、世の中から病苦を除き、貧苦を除かなければ、この美しさの中に全心を融けこませるわけにはゆかないのだなあ、と自分の責任ででもあるような痛い声を心のどこかできいていた。

 私はその声に応えるように、「神様、どうぞ私のいのちを神様のおしごとにおつかい下さい」と、いつもの祈りを強くくりかえしながら歩いた。そのまま向岸へ渡る舟着場まで来て、土手を下りようとした瞬間「お前のいのちは神が貰った。覚悟はよいか」と電撃のような声がひびき渡った。

 

その声は頭の中での声でも、心の中の声でもなく、全く天からきた、意味をもったひびき、即ち天声であったのだ。それは確かに声であり、言葉である。しかし、後日毎朝毎晩きかされた人声と等しきひびきの霊言ではなかった。私はそのひびきに一瞬の間隙もなく「はい」と心で応えた。

 この時を境に私のすべては神のものとなり、個人の五井昌久、個我の五井昌久は消滅し去ったのである。しかし事態が表面に現れたのはかなり時日が経ってからであった。』

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五井先生はご著書「日本の心」の中で、神我一体となられた時の様子を次のように書かれています

 

『「私は例の如く就寝前の瞑想に入った。想念停止の練習により、私は直ちに統一することが出来る。その夜統一したと思うと、吸う息がなくなり、吐く息のみがつづいた。すると眼の前に天迄もつづいているかと思える水晶のように澄みきった太く円い柱が現われ、私は吐く息にのり、その太柱を伝わって上昇しはじめた。< 中 略 >

 

 七つ目の金色に輝やく霊界をぬけ出た時は、全くの光明燦然、あらゆる色を綜合して純化した光明とでもいうような光の中に、金色に輝く椅子に腰掛け、昔の公卿の被っていたと思われる紫色の冠をかぶった私がいた。“あっ”と思う間もなく、私の意識はその中に合体してしまった。合体した私は静かに立ち上がる。確かにそこは神界である。様々な神々が去来するのが見える。 < 中 略 >

 

 天の私(真我)に地の私が合体して停っているこの現実。霊的神我一体観が遂に写実的神我一体として私の自意識が今確認しているのである。

想念停止の練習時にはもう少し上に(奥に)もう一段上に自己の本体がある、と直感しながら今迄合体出来なかったその本体に、その時正しく合体したのである。吾がうちなる光が、すべての障害を消滅せしめて大なる発光をしたのである。

 

その時以来、私は光そのものとしての自己を観じ、私の内部の光を放射することによって、悩める者を救い、病める者を癒しているのである。

天とは人間の奥深い内部であり、神我とは内奥の無我の光そのものであることを、はっきり認識した。  ・・・・( 省 略 )・・・   」

瞑想してやや暫くした時、眼の前がにわかにただならぬ光明に輝いてきた。私は想念を動かさず、ひらすらその光明をみつめている。すると、前方はるか上方より、仏像そのままの釈尊が純白の蓮華台に結跏趺坐されて降って来られ、私のほうに両手を出された。私も思わず、両手を差し出すと、如意宝珠かと思われる金色の珠を私の掌に乗せて下さった。

私は思わず押しいただき、霊体の懐に収めた。その後、現象界でいう、おさかきのような葉を五枚下さって、そのまま光明燦然と消えてゆかれた。私は暫く釈尊をお見送りする気持ちで瞑想をつづけていると、今度は、やはり光り輝く中から、金色の十字架を背負ったイエス・キリストが現われたとみるまに、私の体中に真向うから突入して来て消えた。

その時、“汝はキリストと同体なり”という声が、烈しく耳に残った。私のその朝の瞑想は、その声を耳底に残したまま終わってしまった。

私は深い感動というより、痛い程の使命感を胸底深く感じていた。そのことが単なる幻想でないことを、私の魂がはっきり知っていた。“汝は今日より自由自在なり、天命を完うすべし”という内奥の声を、はっきり聴いていたからである。
私は直覚的にすべてを知り得る者、霊覚者となっていたのである。

私はその日から表面は全く昔の私、つまり、霊魂問題に夢中にならなかった以前の私に還っていた。私はすべてを私自身の頭で考え、私自身の言葉で語り、私自身の手足で動き私自身の微笑で人にむき合った。私の眼はもはや宙をみつめることもなく、私の表情は柔和に自由に心の動きを表現した。

私はもはや神を呼ぶことをしなかった。人に押しつけがましく信仰の話をしなくなった。父母にも兄夫婦にも弟にも、昔の五井昌久が甦ってみえた。柔かな、思いやり深い、気楽で明るい息子が冗談をいいながら、老父の脚をさすり、老母の肩をもみほぐす毎夜がつづいた。」ということになったのであります。』

 

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五井先生はご著書「日本の心」の中で、

植芝先生は、力による武道から、遂に神我一体の境地を経て、宗教道と全く一つである合気武道を創設されたのであり、私は、はじめから自己の弱小を悟って、すべてを神に任ね、そこから神我一体の境地に至り、神様の器になり切ったのであります。

 修業の道は全く異なった形をとりながら、行きついたところは、全く一つの境地であったことが、植芝先生と私を今日の結ばれにもっていったのでありましょう。』と書かれています。

 

 五井先生が植芝先生を讃えられた詩をご紹介します。

         
神 の 化 身

       ―  植芝盛平翁を讃う ―

  其の人は確かに神の化身だ
  其の人は肉体そのまま宇宙になりきり
  自己に対する相手をもたぬ

  宇宙と一体の自分に敵はない
  其の人は当然のようにそう云い放つ
  五尺の小身
  八十路に近い肉体
  だがその人は宇宙一杯にひろがっている自分をはっきり知っている
  如何なる大兵の敵も
  どのような多数の相手も
  そのまま空になりきっている
  其の人を倒す事は出来ない

  空はそのまま天御中主
  天御中主に融けきったところから
  その人は守護神そのままの力を出だす
  この人の力はすでにすべての武を超えた
  大愛の大気のはたらき
  鋭い眼光と慈悲のまなざし
  その二つのはたらきが一つに調和し
  その人の人格となって人々の胸を打つ

  その人は正に神の化身
  大愛絶対者の御使人
  私はその人の偉大さを心に沁みて知っている

 

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安岡正篤先生と五井先生のご交流>

 

東洋思想家の安岡正篤(まさひろ)先生は五井先生を「霊覚のある、しかも法力のある無欲な宗教家の第一人者は五井先生でしょう」と評されていました。

 「五井先生は自然である。宗教家にありがちな臭みがない。尊大ぶったところがない。巧(たく)んだり構えたりするところがない。実に自然である。だからお話をしていてもとても気持がいい」(「白光真宏会ホームページ」より)


 以下、五井先生について引用させていただきました。

「謙虚になって、皆に尽くさなきゃならない。本当に謙虚であれ」
 と五井先生は語っています。


「何の不安も無いか、何の高慢なものも無いか、何の妬(ねた)みの心も無いか、そういうものがあるかないかをよーく自分で把握しなきゃだめ」


 「謙虚に、謙虚に、肉体の身を全部見直して、心の隅から隅から考えても、ちっとも不安が無いか、何の不安も無いか、何の高慢なものも無いか、何の妬(ねた)みの心も無いか、そういうものがあるかないかをよーく自分で把握しなきゃだめ。自分の心を断ち切って、探って探って、果たしてあるか、ないか。


 あってもいいんだ。あったっていい。全部なくなりっこないから。あったら
『ああ、神様勘弁してください。神様の心が自分に入っているのに、まだ神様まで到達できない。ごめんなさい』って言いながら、世界人類が平和でありますように、どうか私が立派な人間になりますようにって、やらなきゃだめですよ」(動画「五井先生の珍しいお叱り1」より)

 五井昌久は、
「内観・瞑想」
 の大切さを次のように説いている。以下、要約。

「内観瞑想によって、この肉体身と肉体想念の不浄さ不完全さに気づき、肉体の自己の想念意識から離れて、本心すなわち、
〈直霊・真我〉 
 を黙想して悟りを得よ」

 直霊・真我とは、良知のことである。

■自らの情けなさを思い知るからこそ、心底謙虚な人間になりたいと思うし、少なくともその瞬間は謙虚な気持ちになれるのである 

 

 以上。

 

 

わたしはこのような境地に到達された偉大な先達からのサポートをいただいてきたことに、やっと気づかせていただいたのです。ただただ深い感謝です・・・それ以外にありません。

  

長文のおめどおしをいただきまして、まことにありがとうございました。

次は実体験を書かせていただきます。↓

ryu-chun.hatenablog.com

 

下はHPです。

joumon33.jimdo.com